(2011年4月26日)
日本のプロ野球シーズン開幕を祝い、今回のゲストブログはサンケイスポーツ紙の田代学記者の「登板」です。田代さんは2001年からずっと、米国で大リーグの取材をしています。
ジム
野球殿堂入りの投票権を得る
アスレチックスの松井秀喜選手と談笑する田代記者(サンケイスポーツ提供)
米国野球の殿堂(ニューヨーク州クーパーズタウン)に入る選手はBBWAA(全米野球記者協会)在籍10年以上の記者投票で選ばれる。その投票権を得ることは大リーグ担当記者にとって最高の栄誉といわれている。
「今年はアジアから初めての投票がありました。サンケイスポーツの田代学と共同通信の小西慶三です」
今年1月にニューヨークの高級ホテルで催された殿堂入り選手の記者会見。冒頭、BBWAAのジャック・オコネル事務局長は、殿堂入りしたロベルト・アロマー元内野手やバート・ブライレブン元投手より先に、新たに日本人記者2人が投票に加わったことを紹介した。
BBWAAに入会したのは2001年。マリナーズ入りしたイチロー外野手を取材するため、米国駐在の大リーグ担当記者として渡米した。「米国に住み、シーズンを通してマリナーズを取材するなら我々と同じだ」と当時のBBWAAシアトル支部長だったボブ・シャーウィン記者が、日本人記者として初めての入会を許可してくれた。
「米国の記者と同じように大リーグ全体に関心をもち、日本人選手だけの取材は避けてほしい。伝統と権威のある協会の一員としての自覚を持ってほしい」とは入会時にオコネル事務局長から掛けられた言葉。たとえ紙面は日本選手ばかりになってしまっても、グラウンドでの取材姿勢は米国人記者と変わらないように努めてきた。
ニューヨーク州クーパーズタウンにあるアメリカ野球殿堂博物館(Courtesy of National Baseball Hall of Fame Library)
大リーグ全体を取材していると認められるようになると、日本人記者としての「壁」を感じさせられることが年々少なくなっていった。米国人記者と同じようにシーズンMVPや新人王の投票権を与えられ、ワールドシリーズやオールスターゲームではメインプレスボックスで席を並べるようになった。米国人記者にコラムの執筆を頼むだけでなく、私も米国の新聞社から英文での寄稿を依頼された。大リーグでは選手ばかりか日本人記者も珍しくなくなり、日本野球だけでなく日本文化への理解も深まった。
昨年12月にフロリダ州オーランドで行われたBBWAAの総会では10年間の感謝を込めて短いスピーチをした。「10年前、BBWAAの扉を日本人記者に開いてくれたことを感謝します。皆さんの理解とサポートがなければ、10年間も米国で取材を続けることはできなかったでしょう」。友人とも呼べる多くの米国人記者が送ってくれた大きな拍手で、この10年間が報われた気がした。
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